橋本治の少年犯罪と報道姿勢に関するエッセイを読んで

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以前、「広告批評」に連載されていた(広告批評が廃刊になっていたことを今日初めて知った)橋本治氏のエッセイ「ああでもなくこうでもなく」。
当時、広告業界に身を置いていたこともあり、時々氏のエッセイを読むのが楽しみだった。

おそらく2000年前後の回のエッセイのコピーが整理していたらでてきたので、あらためて読み返してみると、今読んでも響くものがあった。
当時も何かを感じてわざわざコピーしておいたのだろう。

当時起きた少年犯罪に対して、今や「普通の少年」が凶悪な犯行に及ぶ時代だと報道されたが、それは「普通じゃない少年」としての酒鬼薔薇聖斗を念頭に置いてのもので、その報道姿勢に異を唱えていた。

「普通じゃない」のは、彼らのやった行為なんだ。そして彼等は、「普通の少年」なんだ。「普通の少年」と、本当だったら結びつかないはずの「普通じゃない行為」が、今やたやすく結びつく問題は、それをたやすく結びつかせてしまう”状況”の方にあって、少年の方にあるんじゃない。
 
「普通の少年」と「普通じゃない行為」を平気で結びつけてしまう”状況”は、平気で「普通じゃない少年」という断定を登場させてしまう。一体「普通じゃない少年」てのはなんなんだ? これは、「少年」であることに対しての差別である。そんな状況が自分を取り巻いていたら、平気で少年達はナイフを突きつける。

正直言って、今読んでも、橋本氏の言っていることが100%理解できているわけではないが、おおよその彼の主張と、報道・社会側の問題点は理解できる。

そして、この状況は15年ほどが経った現在でも、さして変わっていないように思える。


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