「ちょっとそこまで」(川本三郎著)の備忘録と感想

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著者の川本三郎氏については、映画評論でその名前は知っていた。

本作は、タイトルのとおり、”ちょっと”した旅についてのエッセイ集で、1980年代の中盤頃を中心に、1990年頃までに書かれた作品。

 
以下、記憶に留めておきたいと感じた箇所。

 

千葉県の銚子の先にある、外川(とがわ)という漁村を訪れて

そのいかにも漁村らしい雰囲気が好きになった。銚子から銚子電鉄というローカル線に乗る。単線を一両だけの電車がゴトゴト走る。ほんとに玩具みたいな鉄道である。…… 車内の吊り広告はいまでも手書きである。小学生の絵の展示を見ているみたいな気になる。…… 小さな駅を降りると坂の下のほうから波の音が聞こえ、潮の香りがしてくる。よく太った猫がのんびりと線路わきを歩いている。犬が日なたぼっこをしている。この町では犬をつないで飼っているところはほとんどない。

猫や犬の描写が、この村をよりゆったりと感じさせる。

コーヒーを飲もうと思って喫茶店を探したが、だいぶ歩いても発見できない。無論、飲み屋なんか一軒もない。…… ただ面白いのは床屋がやたらと目につくことだ。…… そうこうするうちに駅の裏側にやっと喫茶店を一軒見つけた。…… 漁師の町の人間は一般に開放的で外からの人間にも気さくだというが、それは本当だと思う。…… その晩、私は銚子に戻って映画でも見てバーに行ってと予定していたのだが、マスターがここまで来て銚子に戻ることはない、うまい魚を食べさせる民宿がいっぱいあるというので、マスターに教えてもらって岬の小さな民宿に泊ることにした。

著者はこの民宿でも、おじさん・おばさんに一緒に飲まないかと誘われて、飲みすぎることになる。人柄の良さゆえだろう。

 

福井県の東尋坊にて

カメラであちこち覗いていると、「おじさん、シャッター押して」と女子高校生に呼びとめられたという。
自分も、おそらく筆者と同じぐらいの歳だが、まったく知らない人に「おじさん」って言われたことはないな。時代の違いだろうか。

シャッターを押してあげたら女の子の一人が、「おじさん、ありがとう」となぜかスルメを一枚くれた。

どうってことのない話だが、こういうエピソードは嫌いじゃない。頬が緩む。

そして、海に近い民宿にたどりつくと、

「旦那さん、いま、お湯の仕度するから、それまで窓から夕日が落ちるのを見ときなさい」とおかみさんがいうので、廊下の藤椅子に坐って日本海に夕日が沈むのをながめた。わずか数分で夕日は海の向こうに消えた。夕日がこんなに早く落ちていくものとは知らなかった。すぐにおかみさんが越前ガニとビールを運んできてくれるだろう。今度の旅もこれで万事快調である。

お湯の仕度するから、それまで窓から夕日が落ちるのを見ときなさい」って自分も言われたい。

 

神奈川県の真鶴にて

真鶴は小さい半島ではあるが、原生林をはじめ岬あり港あり入江ありと、自然のよさをふんだんに残しているところで、その後も私は春や夏によく遊びに行く。海も予想以上にきれいで潜るのには最適である。…… 港を離れて山道に入ると今度は一転、深い原生林になる。深い森でしいんと静まり返っている。

なるほど。東京からも遠くないし、一度足を延ばしてみたい。

 

愛知県の酒の売上げについて

某洋酒メーカー広報室の人の話だと、愛知県というのは日本でいちばん酒の売上げが悪いところだそうだ。これは、一、愛知県人ケチ説と、二、トヨタのお膝元なので車が発達しすぎているため…説の二つの説明がされている

2.の要素は確かに強そう。東海地方では飲み会が少ないイメージ。

 

琵琶湖近郊にて

湖から賤ヶ岳(しずがたけ)まではわずか四キロほどの山道だが、結構、急勾配で運動不足の身にはこたえる。……それでもなんとか一時間ほどで山頂についた。山はちょうど琵琶湖と余呉湖(よごこ)の中間にあって両方の湖が見渡せる。……その先に日本一の雄琴(おごと)トルコ街があるとはにわかには信じられない静けさだ。

琵琶湖の近くにも山があるんだな。一度京都に行く際にでも、寄ってみたい。
”トルコ街”という表現に時代を感じる。

 

山梨県立美術館にて

はじめてミレーの絵を見て私はいいなと思った。というよりミレーの絵を見ている人の様子がよかったのである。……彼らの多くは山梨県の農家の人のようだった。……老人たちはそれを一枚一枚ほんとうに懐かしそうにながめていく。とくに農家の母親が膝に抱いた赤ん坊にスプーンで粥を飲ませている『ミルク粥』の前では老婆たちが何人も立ち止まる。……ミレーは偉大な芸術家というより、農民を描いた画家として美術館を訪れる老人たちに親しまれているのだ

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ちなみに、これがミレーの「ミルク粥」。

 

知床秘湯めぐり

相泊から浜を少し下るとセセキ温泉になる。温泉といっても、ここも海辺に石を囲ってあるだけという露天風呂だ。私がたどり着いたときはもう夕暮れで湖が満ちてきていて、残念ながら風呂は海の中に没してしまっていた。…… 雨はひどくなってくる、外は暗くなってくる、腹はすいてくる。困っているとセセキの風呂のすぐ近くにたっているコンブ番屋の若いおかみさんが、親切に「なかに入りなさい」といってくれた。…… この近くは民宿もないから私のような事情を知らない観光客をよくとめてあげるそうだ。…… 「なんにもないけど魚だけはたくさんあるから食ってけ」という若い漁師の言葉に甘えて夕食をご馳走になった。まず白身の刺身が出た。今朝、とれたばかりのソイという魚だそうだ。ちょっとタイに味が似ている。ただぶっきrぼうにしょうゆをかけて食べるだけだが素晴らしくうまい。それからメンメというキンメダイに似た魚を丸ごとあっさりとゆでたもの。このへんの漁師の大好物だという。これもただしょうゆをかけて食べるだけだがすこぶるうまい。…… 夏はコンブ、秋からはサケ、タラと一年じゅう忙しいが、二月ごろは流氷がきて海の仕事は少しの間休むことがある。そのこと、流氷の上にいるトドを撃ちにいくのが楽しみだという。…… その晩、羅臼に宿をとってあるといったら彼は「俺のトラックで町まで送ってやる」といってタクシーを呼ぼうとする私を制した。

こういう出会いこそが全て。

 

熊本の秘湯めぐり

山あいの岳の湯温泉に向かった。宮原線の終点、肥後小国からさらにバスで一時間ほど山の中に入ったところにある秘湯である。…… バスは杉と段々畑(いや段々水田か)のあいだをぬって標高百1500メートルの涌蓋山(わいたさん)の山ふところの岳の湯に向かって走る。…… 雨のためと標高が高いためだろう、バスを降りるとひんやりと空気が冷たく気がひきしまる。誇張ではなく、別天地というのが第一印象である。緑の山、雨にけぶる竹林、段状に作られた盆栽のような水田、山ふところに抱かれた農家(なかには茅葺き屋根も見える)、山のほうから降りてきた雲(いや霧か)、そこらじゅうから聞こえてくる水音、そして田圃から畦道から農家の庭先からと、いたるところから吹き出ている温泉の湯気。白い湯気が緑の山里をやさしく包んでいて、村全体が静かな秘湯につかっているようだ。

ここに出てくる小さな温泉、「峐の湯(はげの湯)」は相当気に入ったようで、別の章でも、もう一度行きたいと思う温泉として登場させていた。

ここは本当に現代の日本によくこんな山里が残っていると感動してしまう静かな湯の里である。…… バスがあえぎあえぎしながら山道をのぼっていく。人も車も疲れきったころようやく終点の峐の湯に着く。戸数わずか三十戸の小さな村である。竹の林、狭い水田と段々畑、わらぶき屋根。そこに雨が降るとまるで水墨画のような淡い世界が浮き上がってくる。…… それはもう遠い昔に失われた風景のようで見ているだけでそこに溶け込んでしまいたくなる。…… 村に一軒だけある旅館に入り、風呂に入った。身体中に暖かい湯がゆっくりとしみこんでいき、汚れた身体がいっぺんにきれいになっていくような気がした。

この温泉に行ってみたくてたまらない気持ちにさせてくれる文章だ。
筆者がこの文章を書いたころは、この温泉はほぼ知られていなかったことだろう。しかし、今やネットで検索すれば簡単に情報が取得できてしまう。この時代と今とでは、現地の状況も変わっているかもしれない。それでも行ってみたい。せっかく行くならバスに揺られて。

著者は梅雨時期の旅を勧める。

緑が美しいのは新緑のころだというが、この風景を見ているとむしろ梅雨のころこそが緑が美しいといえるのではないかと思えてくる。…… 岳の湯のバス停から山道を約十五分ほどで峐の湯(はげのゆ)温泉に着く。温泉といっても田圃のなかにひなびた宿が二軒あるだけである。あとはただ緑、緑、また緑。雨に濡れて一段と目に沁みる。梅雨どきに旅に出てほんとによかったと思う。日本という国はやはり「水の国」なのだ。

つげ義春について

彼の作品には旅の漫画が多いという。

といってもつげ義春の旅は壮大な未知の場所への冒険旅行ではない。それはあくまでも箱庭的なこぢんまりとした旅である。…… 行く先は決して特別な場所ではない。どちらかといえばすがれた、観光客のあまり行かないところである。『西部田村事件』の千葉県の小さな村、『長八の宿』の西伊豆・松崎、『二岐渓谷』の会津の山奥の秘湯、『オンドル小屋』の八幡平の蒸ノ湯(ふけのゆ)、『ほんやら洞のべんさん』の越後魚沼郡の村、『リアリズムの宿』の秋田県の能代と青森県の五所川原をむすぶ五能線の沿線、鯵ヶ沢(あじがさわ)、『枯野の宿』の利根川べり。つげ義春の歩く場所はどこもローカルであり、格別の観光名所のあるところではない。…… 彼の心をひきつけるのは、足利の先にある葛生という駅のすぐ近くの、工場がたち並び、山で何か採掘でもしているのかザラザラした感じのする「殺風景」な町のたたずまいである。…… どこかへ行く旅というより、かつて行ったことのある場所、住んだことのある町へ帰っていこうとする旅である。…… ごく日常的な場所の延長としての小さな町に迷いこんでいく。…… あくまでも受身な、どちらかといえば老人の旅である。…… つげ義春は決して旅する自分を日常性に対峙させない。流浪する自分を、日常にさえ帰属することを拒否する自由人だなどと決して考えない。むしろ平日に旅する自分を一種の余計者として見なして、身をすくめるようにして旅をしている。…… 旅の過程で起こる小さな事件の観察者に徹している。距離を置いてその土地に生活している人間を見ているだけで、決して内部には深く入ろうとはしない。といってひとごととして冷ややかに見ているというのでもない。事件も他人も、そしてそれを見ている旅人も自然の一部に溶かしこんでしまうような静穏な関係が求められている。

筆者はつげ義春の作品の中でも、『二岐渓谷』『長八の宿』の二つの温泉マンガがとくに好きで、何度も何度も読み返し、自分もいつかこんなのんびりとした一人旅をしたいなと思ったという。
つげ義春は『ネジ式』ぐらいしか読んだ(もしくは映画で観ただけかも)記憶がない。二岐は「ふたまた」と読むのか。ちょっと気になる。

ドナルド・キーンはある座談会で「旅する人間は昔の人の行ったところに行きたいという気持があります。それは非常に日本人的だと思います。西洋人はとにかく近世から、西洋人がだれも行ったことのないところに行きたがります。…… 日本人はとかく芭蕉もそうですが、人の行ってないところには全然興味がないようです

興味深い洞察。

ここに、以前私も観たことのある映画『アギーレ/神の怒り』が登場する。

ドイツの映画監督ヴェルナー・ヘルツォークがアマゾンの原生林やオーストラリアの原野のように「いまだかつて誰も見たことのない風景」にこだわるのとまったく対照的に、つげ義春は「かつて誰が見た風景」を探し求めて旅をする。つげ義春はひなびた温泉が好きだが、「ひなびた」とはあくまで「懐かしい人の匂い」があることである。

『アギーレ/神の怒り』は名作として名高いが、正直私は共感できなかった。その一因に、川本氏が指摘する精神性の違いがあるのかもしれない。日本人的な精神性を色濃く持つ私は、冒険よりも懐かしさに惹かれるのだろう。

 

人形町について

甘酒横丁を中心に散歩をすれば、古い下町のよさを残す店がたくさんある。洋食だとキラク。ラーメンだと大勝軒、あるいは夜ごとに人形町交差点附近に現れる屋台。おみやげの粕漬なら魚久。それと私が大好きな店は甘酒通りにある大衆割烹・味くら。表に提灯がたくさんぶらさがっていて三階建ての建物は祇園祭りの山車のように見える。ここは魚がともかくおいしい。とくに私が好きなのはタコの生造り。ゆでたタコではなく、生きたタコをそのまま刺身にした新鮮なものだ。…… まるでクリスマスケーキみたいに大きな茶碗蒸しも豪快かつ繊細で思わず頬がゆるむ。それから塩辛も、粕汁も、スッポンの血もとあげていくときりがないほどに味くらの食べものはおいしい。…… 人形町でもう一ヵ所好きなところは清水湯という銭湯である。…… この清水湯も戦前の建物がそのまま残ったのだろう。窓ガラスの意匠は昭和のアール・ヌーボーというモダニズムである。

残念ながら「大勝軒」や「味くら」、そして銭湯の「清水湯」はもう存在していないようだが、「キラク」「魚久」は現役のようだし、甘酒横丁もあるとのことなので、一度歩いてみたい。
仮にその店が今はなかったとしても、このような店や街について心から好きだという気持が伝わってくる文章を読んでいると、こちらも幸せな気分になる。

 

芝木好子の著作「隅田川暮色」について

『隅田川暮色』は悠々たる気品を持った小説で、しばし「現代」の喧騒を忘れさせてくれる。昭和三十五年ころの浅草周辺を舞台に、厳島組紐という古紐の復元に静かな情熱を注ぐ女性を描いたノスタルジックな小説だが、美の追求という主題以外に、東京の下町の雰囲気が堪能できるのが何よりもいいところだ。…… 隅田川を川船で下って、川畔で食事をするという風流が描かれたり、小女子の佃煮の入った焼おむすびが出てきたりすると下町育ちでもないのに思わず、下町はいいなあと溜息が出てしまう。ちなみに澁澤龍彦の少年時代回想記『狐のだんぶくろ』によると、戦前の東京ではおむすびであって決しておにぎりとはいわなかったそうだ。芝木好子もなるほど「おむすび」と書いている。

「隅田川暮色」、ぜひとも読んでみたい。

 

東京を形作っている中規模の町について

東京にはいたるところになんの変哲もない中規模の町が散在している。こういう町はガイドブックにとりあげられることはまずないところだが、東京という大都市は実はこうした中規模の町の集積体ではないかと思う。…… 考えてみると私自身もこういう中規模の町が好きで、古本屋歩き、映画館のはしごという名目をつけては灯ともし頃になると高円寺、荻窪、西荻窪に繰り出していく。浅草でも私の好きな場所は六区の映画館を通り抜け、吉原に向かう途中にある千束通りの商店街だ。こういう中規模の町のよさは実は「下町的暖かさ」「人間的ぬくもり」にあるのではない。むしろ逆で何の変哲もない、どこにでもある匿名性にある。こういう街に途中下車して歩いているときに、ひとはどこよりも都市のよさである匿名性、充実した孤独を楽しむことができるのである。…… それに比べると銀座でなんとしばしば知人、友人たちに出会うことだろう。…… 銀座や新宿のような大きな盛り場には「群衆のなかの孤独」がある-というのはウソだと私は思う。

中規模の街が好きだというのは私も同じである。
その良さが「何の変哲もない、どこにでもある匿名性」にあるというのは思い及ばなかった。卓見だと思う。
銀座や新宿に「群衆のなかの孤独」を感じにくいというのも同意するが、それは単に、都会で暮らして時間が経ち、知人・友人がある一定以上いるからだろうという気もする。思い返してみても、東京に出たての頃は、知り合いに会うこともないし、気後れしていた記憶がある。

浅草の千束通りには私は行ったことがないかもしれない。気になる。

 

ハンガリーの首都ブダペストについて

1980年の7月に一人旅で訪れている。

いい町だった。古い歴史を持った町特有の落ち着きと困難な社会主義国家の道を試行錯誤しながら歩いている国のまじめさがあちこちに感じられ、享楽的な日本から来た人間には浮ついた自国と自分を外から見つめるいい機会でもあった。ハンガリー人は民族的にいうとヨーロッパのなかでは珍しいアジア系民族である。そのためか町を歩いていて、まず人間に親近感をおぼえる。彼らは肉体的に大きくない。…… それに町自身、まったくといっていいほど安全である。ニューヨークではホテルの鍵をかけておいてもモノを盗まれるのに、ブダペストでは鍵などかけるのが恥ずかしくなるほど安全である。夜の町を十二時すぎて一人で歩いていてもなんの身の危険もない。…… 料理は手のこんだ洗練されたものは少ないが、予想以上においしいものが多かった。とくにおすすめ品はグャーシュと呼ばれるシチューで、このレストランに行ってもある。…… 高級な羊のステーキなどより私にはこれがいちばんおいしかった。大衆食堂に入ってこのグャーシュとビールを注文し、あとはパンさえ食べればもう充分に幸福な気分になってくる。

現在がどうなっているのかわからないが、アジア系民族という点には確かに惹かれる国ではある。東欧の素朴な料理も、決して嫌いではないし。

 

インド洋に浮かぶ小さな島、ニアス島(インドネシア領)

1982年の12月に訪ねた際の話。

この島は、ヒンドゥー文化の影響もイスラム文化の影響も受けず、青銅器時代にアジア大陸からもたらされたという巨石文化をもとに独自の文化をつくりあげていることで知られている。…… クリネックス・ティシューを使っていたら、不思議そうに見ている。一つあげたら「いい匂い」といって、自分の家の大事なものをしまってある、鍵のかかる戸棚に大切にしまった。…… 翌朝、われわれはヤンティの一家と記念撮影をすることにした。カメラをかまえたら、いちばん上の六歳の女の子が「ちょっと待って」と家のなかに戻っていった。どうしたのかと思っていたら、しばらくしたら彼女が恥ずかしそうに笑いながら戻ってきた。よく見たらさっきまでの白い服からよそいきの赤い服に着替えていた。

よくありそうではあるが、こういったどうってことのないエピソードが好きだ。

 

立喰いそばのチェーン店、「小諸そば」について

ここのそばは本当においしい。安い、早い、まずいの立喰いそばのイメージを完全にくつがえした。おいしい、そして安い。ザルそばが二百二十円である。ここでザルを食べたら平気でその倍はとるふつうのそば屋にはもう行けなくなる。…… そう思っているのが私だけでないことは昼休み、この店のどこかに入ればわかる。超満員である。立喰いの店には珍しく若いOLもたくさんいる。いつか女性雑誌のアンケート”昼めしのうまい店”のベストテンに堂々と入っていた。…… サービスで小梅が山盛りに置いてあるのもうれしい。本来は天丼の客のためのものらしいが私はザルそばで小梅二個をいつもおいしくいただいている。

小諸そばに行きたくてしょうがなくなってきた。
ホームページの店舗一覧を見ると、現在も数多くの店舗を都内に持っている。これは近々行かねばならないな。

 

筆者お気に入りの温泉エリア

筆者の最近のいちおしの温泉エリアは、福島県の会津線の沿線とのこと。

東京から意外と近くでそれでいて観光開発されていない、離れ里のようなところで、ひなびたいい温泉がたくさんある。『日本の秘湯』に紹介されている芦ノ牧温泉、二岐温泉、湯ノ花温泉はみんなこの会津線の沿線にある。他にも滝ノ原温泉、小豆温泉という一軒宿の温泉があるし、ソバがおいしいので知られる檜枝岐温泉がある。秘湯の宝庫といっていい。

小豆は「あずき」、檜枝岐は「ひのえまた」と読む。ふむふむ。

浅草を起終点にするのもうれしい。東京駅や上野駅から旅に出るのはいまやもう味気ない限りだが浅草からの旅というのはひなびた、ローカルの味があって実にいいものだ。

浅草から旅で出たことが自分はないが、この感覚はよくわかる。特に東京駅は味気ない。

 

好みの温泉街について

おおよそ人里離れた秘湯ばかり、一人で訪れる筆者。

時々は人恋しくなって日本旅館が並び、河が流れ、柳が風にそよいでいるようなこぢんまりした湯の町にも行きたくなる。

たとえば兵庫県の城崎温泉や、湯村温泉などは、情緒のある温泉町だと。

城崎温泉はとりわけ浴衣がけの客が町を歩く姿で知られる。というのはここは宿の内湯より、全部で七つある町の共同風呂のほうがずっと趣きがあり、泊まり客は浴衣がけでこの共同風呂をハシゴして歩くからである。そのために城崎温泉は熱海や別府よりずっと規模は小さいのに、いつも町に人がいて花やいだ活気がある。

こういう生きた情報は重宝する。温泉客が求めるのは、温泉街の規模よりも、それこそ”華やいだ活気”だろう。

 

北海道、道南の幌内温泉を訪ねた際のエピソード

気のいい宿の若い女性が濡れねずみの私をすぐに風呂に案内してくれた。雨のなかを一時間近く歩いてきたので湯の暖かさが身に沁みた。夕食は食堂でとる。東京から来た私におかみさんが特別にどんぶり一杯のとれたてのウニをご馳走してくれた。柔らかくまろやかで磯の味がした。それを肴にビールを日本あけた。そしてまた湯に入り、ビールを飲み、藤沢周平の短篇小説を読み、また湯に入り、窓の外の海の音を聞きながらゆっくり眠った。

こういう、大げさではないシンプルな幸せの描写に惹かれる。一人旅の多少の寂しさもあるのだろうが、気ままさと、人の暖かさと、自然の身近さと、開放感に酔いしれたい。

 
230頁ほどの著作ではあるが、こうやって心に留まった箇所をあげていくと、結構なボリュームになった。時代は経てど、ちょっとした旅好きの人に刺さるエッセンスがかなりたくさん詰まった書籍であった。


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