江國香織さんの短編集「つめたい夜に」を読んで

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tsumetaiyoruni

名前はもちろん知っていたが、作品をちゃんと読むのは初めての作家さん。

友人から借りて、初めて接することができた。
読みやすさを気づかってくれたのか、小説の短編集だった。

なんだろう。
子どもや老人が登場する話がいくつかあったからかもしれないが、読んでみて一番感じたのは、清潔感
凛とした文章だなと。

どろどろとした自分の内面を、さらっと洗い流してくれるような作品だった。

以下、いくつか心に留まった箇所を書き記す。

「子供たちの晩餐」

いつも親の言うことをちゃんと聞いて、品行方正に生きている幼い兄弟姉妹が、両親が出かける日に行なう、ちょっとした贅沢。冒険。

「いくぞ」
豊お兄ちゃんが言い、私たちはぞろぞろと庭にでた。庭の左端、椿の木の前に、シャベルで深く穴を掘る。
 
「いいみたい」
お姉ちゃんが言ったとき、穴はバケツくらい深くなっていた。私たちは台所に駆け戻り、それからまた庭に戻って、ぱっくりと口をあけた土のバケツに、一人一人パンを投げ捨てた。鮮やかな緑色の冷えたサラダを捨て、チキンソテーを捨て、つけあわせのにんじんとほうれん草も捨てた。その上からレモンジュースをどぼどぼ撒くと、バケツはお腹一杯の、幸福な胃袋みたいに見えた。
 
「よし。食事にしよう」
豊お兄ちゃんを先頭に、私たちはまず手を洗い、うがいをした。それからパーティーみたいにして、ベッドの下に隠しておいた憧れの食べ物-カップラーメン、派手なオレンジ色のソーセージ、ふわふわのミルクせんべいと梅ジャム、コンビニエンスストアの、正三角形の大きなおむすび、生クリームがいっぱいの、百円で売っているジャンボシュークリーム-を思いきり食べた。好きな場所で、好きなだけ。
 
歩きながら食べたり、歌いながら食べたりもした。禁止事項は全部やってみることにしていたのだ。大騒ぎの夜ごはん。時々お姉ちゃんがうっとりと、「ああ、身体に悪そう」とつぶやいて、それをきくと私はぞくぞくした。スリルと罪悪感。胸の中で、梅ジャムとシュークリームがまざりあう。

恍惚感が伝わってくる。
こっちまでぞくぞくしてくる。

「晴れた空の下で」

お婆さんに先立たれ、食事の面倒は次男の妻に見てもらっているお爺さん。ちょっとボケていて、お婆さんはまだ生きていると思い込んでいる。

わしは無言で歩き続けた。昔から、感嘆の言葉は婆さんの方が得手なのだ。婆さんにまかせておけば、わしの気持ちまでちゃんと代弁してくれる。

伴侶への全幅の信頼感を感じるとともに、本人の感性も鋭いことをうかがわせる。

わしは最近、ごはんを食べるのに二時間もかかりよる。いれ歯のせいではない。食べることと生きることとの、区別がようつかんようになったのだ。

せつなくもあるが、ほっこりもする。

「南ヶ原団地A号棟」

おなじ団地に住む三人の子供の書いたもので、どれもとてもおかしくて、そのくせ妙に切実なのだ。

このくだりに続いて三人の作文が並ぶのだが、確かに、”おかしくて”、”妙に切実”なのだ。
この、”妙に切実”という表現がぴったりはまる、気持ちよさを感じた。

「ねぎを刻む」

アパートにつくと、私はショルダーバッグをおろし、指輪をはずし、イヤリングをはずし、腕時計をはずしてストッキングをぬぐ。そしてカーテンをしめる。ぬいだ服をきちんとハンガーにかけてから、ごろんと床に倒れこむ。からだが重くて、頭も重くて、半死半生の気分だ。ごろごろと転がってみる。孤独は減らない。あーっ、とか、うーっ、とかうめいてみる。孤独は減らない。手足をばたばたさせてみる。孤独は一グラムだって減りやしない。…… 牛乳のパックに直接口をつけて飲む。きちんとコップに移して飲むよりは、孤独じゃないような気がして。

孤独を減らそうと、ごろごろと転がったり、呻いたり、手足をバタバタさせる様を想像すると楽しい。
そして、「パックに直接口をつけて飲む」と孤独じゃないような気がする感性にバンザイ。

紘子にかけると、二度目のコールでいきなり本人がでたので、私はあわてて電話を切る。びっくりした。…… 私はアドレス帖をひっくり返し、他に、まだ帰っていなさそうな人がいないかどうか考える。こんな風に電話をかけまくらなければいられない夜は、誰かと話せば話すだけ孤独になるのだ。…… 誰にも、天地神明にかけて誰にも、他人の孤独は救えない。

ブラボー! 短いながら切れ味の鋭い一節だ。

「コスモスの咲く庭」

十七歳になる長男は、日曜日に家にいたためしがない。つねに「友達んとこ」か、「友達とそのへん」である。それでもとりあえずぐれもせずに大きくなったようなので、まあ良かったことだと思う。友達を大切にしているらしいのもいい。

何気ない一節だが、これまた言葉の選び方というか、つなぎ方が上手い。

そして、偶然にも、先日自分がエッセイを読んだばかりの川本三郎氏による作品解説がついていた。

映画のカメラマンの専門用語に「マジック・アワー」という不思議な言葉がある。太陽が沈んだあと、数分間だけ、まだ光が残る。その短い時間は、光がもっともきれいなときで、この時間に撮影すると信じられないような美しい映像が得られるという。

これは、単純に知識として「へ~」と思ったのでピックアップ。作品のどの部分とかかわっているのかは記憶にない。悪しからず。

 
短編集の宿命だろう。読後に強い印象は残らなかったが、独特の空気感、言葉を選ぶセンス、文章を紡ぐセンスが確かに感じられた。また別の作品も読んでみようと思う。いい出会いだった。


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