【書評・感想】 HPウェイ/D・パッカード著

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thehpway

これまたビジネス書。

HPと言えば、最近はあまり聞かなくなったが、「ビジョナリーカンパニー」でも取り上げられるほどの、経営の見本とされる会社。
その創業者による本がこれ。

第二次世界大戦に関連して。

HPは、軍用機器を専門に設計・製造していたわけではない。しかし、製品の多くを軍や国防機器メーカーが買ったため、戦時中に会社は急成長した。
 
パロアルトに州の職業安定所があり、従業員のほとんどはここで募集した。

戦争が飛躍のきっかけになっていた。

大戦初期のある日、仕事場に着くと、地元の再調整局から来た二人の男が私を待っていた。再調整とは、企業が軍需産業から過剰な利益を得るのを防ぐため、連邦政府が設けた手続きである。この制度の下でも政府は、業績のいい企業には、ある程度の利益を認めるようにしていた。

この制度については初耳。
当初、HPは自己資本利益率の上限を12%と言われたが、ワシントンの政府に申し立て、自社の主張を通すことができた。

ヨーロッパ市場への進出に関して。

1957年にローマ条約が締結されると、輸出が総売上高の11%を占めるようになった。HPのような会社にとって、ローマ条約が持つ重要な意味は、欧州共同市場(ECM)が創設されたことである。ECMは電気製品の巨大市場となった。しかし、欧州では、米国からの輸入品より地元の製品が好まれた。このため、米国企業にとっては販売拠点ばかりでなく、製造拠点も欧州市場に置くことが決定的に重要だった。

今となっては考えにくいが、ヨーロッパのアメリカを見る目も現在と当時では相当異なるのだろう。

従業員の持ち株制度について。

HPの長期方針は、利益の大部分を再投資すること、また、この再投資と従業員の株式購入などによるキャッシュ・フローによって成長の資金をまかなうことである。従業員持株制度によって、従業員は給与の一定比率までHPの株式を優先株価で購入できる。1959年に始めたこの制度によって、多額の現金を成長の資金にあてることができた。
 
従業員持株制度を作る際に、われわれは重大なミスをおかした。優先株価でHP株を購入した従業員に対し、株式を保有することを義務づけなかったのだ。
 
従業員持株制度に参加した人の多くは、すぐに株式を売却してしまった。高い地位にいる従業員でさえ、株式を受け取るとすぐに売却するよう注文していた。

この制度は後に是正されたとのこと。
著者曰く、従業員は、現在の給与の水準に関係なく、あと10%は給与が必要だと考えるものだと。

経営のなかでも、われわれがとくに重視している点は、短期的な業績と、将来の基盤づくりや成長のための投資のバランスをとることである。
 
収益目標を達成するにあたっては、いつも長い目でみたHPを大切にし、堅実に会社の力と価値を高めていくようにしている。

新製品の価格を決める際も、短期的な利益をとるために、または単に市場シェアをとるために、著しく低く設定ことはHPはしなかったという。

シェアが拡大するのは、顧客にすぐれた商品やサービスを提供したり、コストを削減するなど、いい仕事をした見返りと考える

言うは易しなのだろうが、これを基本方針として貫くのは企業として大変なことだ。

続いて、人のマネジメントについて。
熱心なエンジニアのアイデアが採用されなかった時に、そのエンジニアの熱意を失わせないための、創業者の一人であるビル・ヒューレットの手法が紹介されている。

新しいアイデアの発見に舞い上がったエンジニアがくると、ビルはすぐに「熱意」の帽子をかぶる。話をよく聞き、アイデアがよければそれはすごいと言い、たいていの場合はいい考えだと評価し、あまりきびしくない二、三の質問をする。数日後に、「調査」の帽子をかぶって発明者のところへ行く。このときは、かなり突っこんだ質問をして、アイデアを徹底的に検証し、十分に意見をやりとりする。それからすぐに、ビルは「決定」の帽子をかぶって、もう一度発明者に会う。適切な論理と感性によって判定を下し、アイデアをどうするかを決定する。このプロセスでプロジェクトが採用されなくても、発明者には満足感がある。これは、熱意と創造性を持続させるには、きわめて重要なことだ。

「帽子」という比喩を使うのは欧米らしい表現スタイルだとは思うが、内容については納得。

HPの事業が成功してきた根底にあるのは、顧客のニーズにこたえるための努力である。顧客のために役立つという最大の目的に自分の仕事がどのようにかかわっているのかを、たえず考えるようにと従業員全員に言っている。

当たり前のことではあるが、これをたえず考えられる現場作りが必要。

YHP(現在の日本HP)の功績について。
それまで、全社でのプリント基板の故障率は1000個あたり約4個だったが、YHPでは100万個あたり10個に過ぎず、それまでの約400倍の故障率の低さだった。このことが他のHPの多くの人を奮い立たせたと言う。
日本人としては嬉しいエピソードである。

目標管理に関して。

HPの成功にもっとも寄与した経営方針は「目標管理=MBO(Management by objective)」である。
 
目標管理が成功するためには、上と下の両方からの努力が必要である。各階層の管理者は、自分の部下が、会社全体の目標と目的、各部門や部署の目標を明確に理解していることを確かめなければならない。つまり、管理者には、コミュニケーションと相互理解を育てる重い義務がある。

相互理解と責任感は、長年にわたるHPの管理スタイルの重要な特徴となっている。

これも王道だが、実践していくには長年の継続的な努力が求められる。

経営陣が部門別にレビューをする時の話。

こうした会議のときは、部門管理者とその配下の従業員の両方に、プレゼンテーションを行うよう求める。これは、若手管理者の能力を評価するとともに、彼らの上司が訓練と育成の責任をどの程度果たしているのかを評価する機会になる。

配下の従業員にもプレゼンさせる意義は大きい。

著者は、1969年~71年にかけてニクソン政権下で国防副長官を務め、その後も国防総省に関わっていた。
民間会社の経営者を国防という国家の中枢に使うという発想が日本では考えにくいが、ベースの能力も高く、たたき上げで会社を創りあげてきた経験を持つ著者は国家への貢献度も高かったようだ。

なお、国防副長官をつとめていた3年間、HP株式の配当と額面の増加分は、すべて慈善事業に寄付しなければならず、当時株価が上がっていた時期だったため、三年間の寄付額は約2000万ドルに及ぶという。

金銭的な損失はあれど、HPの規模の会社の場合、国家にしっかり貢献できたことは、信頼の証になるのだろう。

本書は、著者の人となりを紹介する部分も多く、純粋なビジネス書といった趣きではないが、端々にHP経営のエッセンスが伺えて参考になる点もあった。


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