ただいま浪人/遠藤周作著

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ただいま浪人 感想 書評

自分自身も浪人経験があったこともあり、十年来読もうとしていたが、ずっと本棚の片隅にあり続けた本。
というのも、700頁を超す大作なうえに上下に分かれてもいないので、文庫といえども持ち運びにも不便だし、読み始めるのに気合いが必要であったため。

ちょうど、列車で長時間移動をする機会があり、ようやく読むことができた。
同時に、これが初めて読んだ遠藤周作の著作ともなった。

 
昭和四十年代らしい価値観に溢れている作品である。
家庭観、男女観の違いに隔世の感がある。

これらの価値観はいきなり変わったのではなく、この数十年で少しずつ変わってきたのだろう。
理解はできるが、共感できない。
ところどころ軽い嫌悪感すら感じる。

いくつかのストーリーが並行して進みつつ、それぞれのストーリー同士が少しずつ関連しているという構成。

そのストーリーの一つに、一人のアメリカ人男性の話がある。

戦後、厚木に駐留していたアメリカ兵が、町田の繁華街で働く、いわばパンパンとの間に、知らぬ間に子どもができており、朝鮮戦争に派兵され日本を離れたのを最後に20年間梨のつぶて。20年ぶりに日本を訪れるが、愛した女はとっくに死んでおり、子どもも行くえしれず。ようやく娘を見つけるも、娘はそんな無責任な父親のことを拒み続ける話。

これは時代が変わっても、父娘のどちらの立場にも共感できる話ではあった。

もう一つの核となるストーリーが、浪人中の弟と、十歳以上離れたバツイチ子持ち俳優の男との恋や結婚話に揺れる姉を含む、ごくごく平凡な家庭の話。

この2つの話だけだったら悪くなかったが、後半、三億円事件の話、姉が気持ちを寄せる俳優の死などを盛り込み、あたかもドラマや映画のような騒々しさを見せることで、逆に引いてしまった。
やや強引過ぎるのだ。

 
以下は、気に留まった箇所。

信也は今でもあの発表の日の光景を、時折り、夢にも見ることがある。そのたびごとに彼はあの日の屈辱感や寂しさをなまなましく味わいながら目をさまし「畜生」と寝床のなかで叫ぶのだった。

自分も受験失敗の経験が複数回ある身ゆえ、これはわかる。

すべての受験生がそうであるように彼も自分の答案に結局は甘い計算をしていた。

まさにそう。

何よりもその時の父親の顔を見て、信也がつらかったことは、その期待をうらぎったことだった。

自分はどうだったんだろう。期待をうらぎったつらさもあったが、自分以上に親が落胆していて腹立たしくもあり、傷ついたことを覚えている。

信也の父の言葉。

男には学歴というものが、どんなに社会で物を言うか、お前にはわからんのだ、男はやはり大学は出ておかねばならん。それも良い大学を…

うちの父親も似たことを言っていた。
わが父は名の知れた大学を出ており、決して学歴に引け目を感じなければいけないわけではなかったはずだが、それでもサラリーマン人生の中で、さらに上の大学出身者に嫌な思いをさせられたことが多々あったらしい。

母親というのは、どうして、こうベタベタとからまってくるのだろう。やり切れないな。

うん、わかるわかる。

手ぶらで行くのはもちろん、失礼だと思ったので待ち合わせ時間より先にデパートに寄って地下食品売り場で外国のウイスキーを包ませた。

今だったらワインだろうか。
この当時はウイスキーがメジャーだったのだ。

食後に珈琲が出て雑談になった。洋子は会話の邪魔にならぬ程度の音量でレコードをかけた。曲はドックとマール・ワトソンのギターだった。

興味があって、ここに登場するDoc Watsonとその息子のMerle Watsonの曲をチェックしてみた。

予想したイメージと違って、このようなカントリー調の陽気な曲が多そう。

受験を終えて。

本当にこんなにのんびりとした気持ちで夕闇の迫る街を歩くのは何ヶ月ぶりだろう。毎日、毎日が追いたてられるようで、何をしていても不安と焦燥感とが胸をしめつけていたのだから。

自分をふりかえっても、大人になってからよりも、受験生時代のほうが常に追い込まれている意識は強かった。そこから解き放たれた日の解放感の大きさは、深く共感できる。

そして、再び不合格。

これが夢であってほしいという気持ちと、夢じゃないんだという目ざめた意識とが頭のなかを交錯していた。

これもまた、芯から共感できる。

一気に話は飛んで、三億円事件の話で。

子供だから、なお悪いんだ。大人より、子供のほうが見たことを、よく憶えているものだ

という記述。これは、警察や犯罪者の中では当たり前の話なのだろうか。
いつか見た、ドラマ「時効警察」の中で、オダギリジョー演じる桐山が、同僚の刑事十文字に、子どもに目撃情報を聞いたらいいとアドバイスしていたのを思い出した。

「チョンガー(独身男性のこと)」、「BG(Business Girl、いまのOL)」等、今はまったく耳にしない単語がいくつか登場。また、スーベニアのことを「スブニャー」と表記していたが、これは当時は普通だったのだろうか。

本作では、「浪人」を、受験の「浪人」だけではなく、人生における「浪人」という意味でも使っている。本作が出版された頃は「浪人」という言葉がもしかするとまだ目新しかったから、この用法は新鮮だったのかもしれない。しかし、さすがに今は…

 
最後に。
話はそれるが、「浪人」という単語を、端的に表す英語は存在しないようだ。
戦国時代や江戸時代の浪人ならmasterless samuraiと言えるが現代の浪人という立ち位置が、英米には存在しないのだろう。


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