長崎ぶらぶら節/なかにし礼著

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長崎ぶらぶらぶし

長崎には少なからぬ縁があり、本書をチョイス。
ただし、どうもこのタイトルは好きになれない。

舞台は明治15年頃から、昭和の前半にかけての長崎。

芸者という稼業について。

色気があれば休む間もなく口説かれるし、色気がなければ相手にされない。芸に秀でれば、あいつは不細工だから芸を磨くしか取り柄がないのだと陰口をたたかれ、芸がまずけりゃ、芸者の風上にもおけないやつと蔑まれる。客と寝れば噂が立つし、男嫌いを通せば評判が落ちる。男に惚れてはいけない惚れさせるのだ、褒めておだててバカ旦那に仕立て上げ、身上をつぶさせるくらいでなけりゃ腕が悪いと教育され、惚れない訓練ばかりしているうちに人の情に不感症となり、恋も知らぬまま年を食う。気がついた時には化粧焼けした黒い肌しか残っていない。

テンポが良く、内容も興味深い。

長崎駅と浦上川にはさまれた埋立地、中の島の広場に東京大相撲の小屋がかかった。長崎の人々は二年に一度のこの巡業を心待ちにしていた

この時代には長崎巡業があったんだなと思って調べたら、2015年にも長崎場所が開催されていた。しかしそれは12年ぶりのことで、当時よりはだいぶ減っているのだ。

人がごった返す中の島では、辻占売りの女の子が

思案橋名物、恋の辻占ぁ!

と黄色い声をはりあげて辻占を売っていたそう。
この「辻占」は、てっきり、おみくじを売っているのかと思いきや、どうやら饅頭やせんべいなどの中に、恋占いのおみくじを入れているものらしい。

主人公の愛八は、宴会でも土俵入りの芸をするほどの相撲好き。木戸御免という、相撲を長年支援してきた人がもらえるバッジも保有し、木戸銭(入場料)を払わずに入場することができていた。

古賀が愛八に語る。学問について。

学問というものは、時間と金のかかるものだ。そのくせ地味で影の薄いものだ。たった一行を書くために万巻の書物を読まなければならない。でその学問が世のため人のためになるとはかぎらない。闇に向かって矢を放つがごとしだ。的に当たるかどうかどころか、果たして的があるのかどうかも分らない。しかし学問とは人間の生きた証しを再証明することである。

学問とは、人間の生きた証しを再証明すること。なるほどね。

歴史について。

人は、歴史というと派手で大きな出来事ばかりを研究したがるが、事実の重みとしては、派手な出来事もささいな出来事も同じだ。…… 優劣をつけることがすでに先入観であり、その時代の価値観に惑わされているのだ。未来の人間に向かってなにかを発信するものは事実以外にありえない。そう信ずることが人間の知性というものなのだ。

未来の人間に向かってなにかを発信するものは事実以外にありえない。格好良い言葉。
上の、芸者についてのくだりもそうだが、なかにし礼は、こういったテンポの良い説明調の表現に長けている。

長崎の祭りである「くんち」について。

くんちは、切支丹禁圧を進める長崎奉行の政策の一端でもあったらしい。寛永の頃長崎奉行は、諏訪神社を長崎の氏神と定め、長崎に住むものは一人残らず諏訪神社の氏子とした。それによってくんちは、長崎あげての神事として栄えてきた

まだ九歳のお雪がくんちの本踊りで舞っている姿を見て。

お雪の、このちらりと人を盗み見る目、人の気を引いておいてそれをはぐらかす狡猾そうな笑み、あどけなさの陰にきらりと光るしたたかさ、美しい少女特有のわがままや傲慢さなど、愛八はお雪の未だ隠された部分を冷静に見抜いているつもりではいた。がそんな冷静さは、お雪の憂いにみちた目でじっと見つめられるとすぐに消しとんだ。

このくだりも、テンポが良い。

古賀が愛八の歌について。

人間の声は化粧もできんし、衣装も着せられん。しかし歌う時とか芝居をする時、または嘘をつく時、人の声は化粧もすれば変装もする。この時に品性が出るもんたい。上手く歌おう、いい人に思われよう、喝采を博そう、そういう邪念が歌から品を奪う。おうちの歌は位が高かった。欲も得もすぱっと捨て切ったような潔さがあった。生きながらすでに死んでいるような軽やかさだ。それでいて投げやりでなく、冷たくなく、血の通った温かさと真面目さ、それに洒落っ気があった。

雄弁。邪念が声から品を奪う

ひらめいても行動ば開始せんやったら一文の値打ちもなか。人間の価値は行動で決まる。行動に駆り立てるものは魂たい

胸に刺さる。人間の価値は行動で決まる

わかってはいたが、古賀からあらためて、今後は会わないほうが良いんではないかと言われた愛八。

この先会うことがあろうとなかろうと、もうなにも起きないしなにも始まらない。人生がいよいよ終わりに向かって走りだしたような虚脱感に愛八はつつまれた。

虚脱感というよりも、寂寥感が、グッと感じられる。

一人で歌を練習していたのを、病床のお雪が聞いてくれていたのを知って。

今日までわれ知らず胸のうちに育ててきた苦い孤独が春の淡雪(あわゆき)のように解けだしていった。

しっくりくる表現。

上京し、レコード会社のスタジオで歌を録音しようとするが、最初、緊張して愛八はとても歌える状態ではなかった。帰りの列車内での、梅次との会話。

「姐さん、あん時、どうして急に歌ゆっごとなったとね」
と梅次が訊いた。
「憚りで……」
「憚りでなんばしなさったとですか」
「土俵入り」
愛八は小さな声で言い、声よりも小さく身をちぢめた。

これは、最高。

 
こうやって、気に留まった箇所を思い返してみると、なかにし礼のテンポの良い文章に魅了されたのがよくわかる。

そして、長崎の街を、久しぶりに訪れてみたくなった。


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