インド大修行時代/山田和著

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インド大修行時代

今年あたり、休みをとってインドに行ってみようかなと思い、本書を手に取った。

まず、作者の旅の定義が面白い。

・ガイドブックを持たないこと
・一人旅であること
・現地で詳細な計画を立てること
・貧乏旅行に固執しないこと

の4つ。

3番目までは結構ありそうな内容ではある。
自分自身はガイドブックは一応持って行くが、結局現地に行って入手した情報や、感じた雰囲気で行くところは大きく変わってしまう。

4つ目の、貧乏旅行に固執しないというのは、確かにこれは共感できるところだなと思った。

安上がりの旅をすることはいいことだが、安くすますことにこだわりすぎると旅はゲームになってしまう。

おっしゃるとおり。自分も若い頃は、安くすませられないと負けた気がして無駄な時間を費やしてしまうこともあったし、有料の観光施設は敢えて避けてしまうところもあった。日本円にすればたいした金額ではないのに。そこから自由になることで、楽しめる部分もたくさんある。

 
ガンジーの著作から。

私は、子どものころ学校で習ったグジャラート語の一節を思い出します …… 誰かが君に飲み水をくれて、君がお返しの水を相手にあげたとしても、それはどうってことのないことなんだ。ほんとうに美しい行為は、どんな悪行に対しても善行で返すこと

宗教が根付いている国だと、自然な考えなのかもしれない(実践できている人は僅かだろうが)。日本には、この考え方はない気がする。「情けは人のためならず」も、やや違うし。

 
野外のトイレの話。

インドではまだトイレのある家が少なく、夜明け前に女性が、そのあとに男性が、外で排便する …… 男たちが夜が明けてから用を足せるのは、大便も小便も同じようにしゃがんでするので、どちらをしているのか他人には判別がつかないことと、男たちが着ているクルターというインド服には横にスリットが入っていて、坐るとそれが暖簾のように前後に垂れ下がって、尻が見えなくなるからである。

本書は1970年代から80年代ぐらいにかけての話だから、今はどうなっているのかわからない。

フランス人やドイツ人は、寄って来る物売りたちを一蹴する能力に長けている。
例えば、Do you love India? と云って来る輩に対して、非常に丁重な口調で、Don’t disturb me, please と言い、あとは、please を繰り返すのみと。

一方、日本人は、つい Yes と答え、インドを愛しているなら是非寄付してくださいと言われ窮してしまうと。

著者曰く、日本人は論理的理性的な民族ではなく、感情的情緒的な民族だと。
たとえば「女子大生が風俗嬢をしている」と聞いたら、マイナスな評価をくだすのに、「風俗嬢が大学に通っている」と聞けば、プラスの評価をくだすと。

日本人が発展途上国の物売りに弱いのは、感情的情緒的なのばかりが原因ではないとは思う。冷静に議論をする教育が為されていないこともあるだろう。

ただ、上の例は、確かに納得するところ。

 
筆者が訪れていた、オールドデリーのチャンドニ・チョウク(Chandni Chowk)の最近の風景。
チャンドニチョウク
本に載っていた写真は、時代が昔だからか、これよりさらにエネルギッシュだった。
インドで行ってみたい場所の一つ。

 
筆者は本書以外にも何冊か上梓している方ではあるが、さすがに執筆の専門家ではないからか、情景の描き方に物足りなさがあった。個人的な思いは綴られているのだが、それよりも読者の脳裡に焼きつくような情景を伝えてほしかった。

とはいえ、インドの入門編としての読み物としては、さっと読めるので悪くはなかった。


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