法医学のミステリー/渡辺孚著

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法医学のミステリー

初版が昭和53年と古い本ではあるが、血液型検査や父子鑑定から、戦後の政治関連の大型事件、はたまた婚前交渉がらみのやわらかい話まで、話題は多岐にわたり、興味を惹かれる点がいくつもあった。

以下、列挙する。

冤罪について。

「疑わしきは罰せず」は法の根本精神であって、そのために何人かの犯罪者が網の目から逃れることはあっても、たった一人の無実に泣く者を作ってはならないのだ。しかし…… 誤って有罪の判決が下されてしまうと、その後はこけんにかかわることの方が、裁判をする側の人たちには重大であるかのようで、その証拠には、くつがえして無罪の判決を下すのにとてつもない勇気がいると言われる。これは、裁判が権力の側に立って行われるのであって、決して国民の側には立っていないことを示すものにほかならない。

もともと権力志向が強い人だけでなく、あの組織にいると、みな沽券を大事にするようになってしまうのだろうか。裁判所のみならず検察・警察はその印象が強い。刑事ドラマや映画等の影響を受け過ぎなのかもしれないが。

 
血液型の検査について。
ABO式はもちろんのこと、有名なRh式のほか、MNSs式やP式、Q式 etc…と様々な検査が存在する。筆者は、本書の複数個所で口酸っぱく主張しているが、仮にこれらの検査のうち一つでも一致しないことがあれば、検査した二つの血痕は別の人のものだと言える。しかし、逆に、全部が一致したからといって、二つの血痕が同一人物のものであると断定ではできない。

親子鑑定でも同じで、父と子の間に遺伝学的に父子の関係が成立し得ない場合には、断定的な結論を出すことができるが、遺伝学的に矛盾のない結果となったからといって、それだけで二人が父子関係にあるとはいえない。

数多くの種類の血液型検査をして、そのどれもが否定的な成績を示さないからといって、確率を計算して九十何パーセント父子関係ありというのは意味をなさない。

「ない」か「ないとは言えない」の二つに一つしか答えはない。

今の時代では聞かれなくなったが、昭和50年代ぐらいだと、婚前交渉の有無が争点となる裁判をあったようだ。

それに関連して、面白い記述が。

大正年間に、東大の法医学教室で、男性の精液が女性の膣内に注入されることによって、女体が免疫されるかどうかについて研究がなされています。精液あるいは精虫も蛋白質からできているし、血液型物質もたくさん含まれていることでもあるし、女体にとって精液の一部分が抗原として作用するなら、膣内に注入された精液によって女体のなかで免疫現象がおこることも考えられるわけです。そうなれば、その女体の血液の中に精液に対する抗体が出現することになるから、血清学的に抗精液抗体を証明することができるはずである。

これが本当だとすると、女性がセックスをしたことがあるか否かが血清学的に試験管の中で証明できることになるが、この研究は不成功におわったと。精液は女体にとって抗原としての作用は持たず、栄養分にしかならないと。
(この「栄養分」になるというのも知らなかったが、現在もそう考えられているのだろうか。)

今もそんな医者が存在するのかは知らないが、当時は処女膜のほころびを縫い合わせて、処女に仕立て上げる医者があり、たいそう繁盛していたとのこと。

 
とある事件を通して、作者は「人間が死んだとたんに不浄という感じを抱くことで、日本人は世界一なのではないか」と感じたという。
作者曰く、例えば戦場においても、アメリカ人はあらゆる手を尽くして後方の基地まで収容し、そこには遺体をできるだけ完全な姿に復元する専門家を置き、遺族にも手厚く送り届けていたという。
死を極端に遠ざける傾向は、当時より現在のほうがより強くなっている気はする。

 
昭和24年に起こった「下山事件」に関連し、当時の首相だった吉田茂のメモが後年になって発見された。そこには、「国鉄の下山総裁は殺害されたのであり、犯人は北朝鮮の人間で、いち早く国外に逃亡したので捕えられなかった」とあった。
作者は、吉田茂は「日本政府は、在日朝鮮人のほとんど全部を、その本国に送還したいと望んでいる」と米国側に伝えたほどの極端な考え方の持ち主であったから、下山事件を利用しようとしたのではないかと推測している。
そんな逸話があったことはまったく知らなかった。隔世の感がある。

 
銃創が致命傷となるか否かについて。

戦争体験が教えるところでは、重要臓器と大血管を避けさえすれば、肺を少し破ったうらいでは、胸部の貫通銃創はすべて助かるが、腹部の場合は絶望的であるという。

不幸なことに、日本といえども現在では銃が手にまったく入らない世の中ではなくなってしまっており、銃による事件も増え、結果監察医も多くの現場経験を踏むことになっているのだろう。しかし、当時はまだ銃による事件が少なかったがことが、筆者が戦争経験を持ち出してきていることでよくわかる。

 
この本が上梓されてから40年ほど経っている。
その間に、どう法医学が発展したのか、最近の同テーマの本も読んでみたい。


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