【書評・感想】 チェーン・スモーキング/沢木耕太郎

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いただきもの。
沢木耕太郎氏のエッセイ。

肩の力を抜いて読むことができつつ、それでいて興味が惹かれるエピソードが散りばめられている良作。

まず、夢にまつわる話。

人間には鳥類人間と魚類人間の二つのタイプが存在するのだという。(どちらであるかは、)その人がどのような夢を見るかで判定できる。つまり、鳥のように自由に空を飛びまわる夢を頻繁に見るようなら鳥類人間であるし、魚のように深海を巧みに泳ぎまわる夢を見るようなら魚類人間というわけなのだ。…<中略>…もちろん、これは生物の進化の道筋を無視した虚説である。しかし、この虚説にはどこか人を立ち止まらせ、ふと、自分は魚だったのだろうか、鳥だったのだろうかとほんの一瞬でも考えさせてしまうくらいのロマンティックな力はあるように思われる。

まさに、ロマンティックな話。
虚説とは思えない。

続いて、面白かったのは、納豆に関するエピソード。

私もこれまで納豆はご飯と掻き混ぜて食べてきた。それは一般的ではないのだろうか。…<中略>…その話を聞いて以来、会う人ごとに訊ねてみると、なるほど掻き混ぜて食べるというのは必ずしも多数派ではないようなのだ。御飯の上にのせて一緒に口に入れるという人も、掻き混ぜはしないと言ったりする。
考えてみれば、納豆などというのは元来が自分の家で食べるものだろう。…<中略>…そこで、自分の家の食べ方こそが納豆の食べ方のすべてだと無意識のうちに信じ込んでしまうことになる。誰も正しい納豆の食べ方などということは教えてくれないし、そんなことは料理の本にも、マナーの本にだって出てこない。…<中略>…子供の頃から何の疑問も抱かなかった食べ方を「おかしい」と指摘された時のショックは、たかが納豆とは言っていられない大きさがあったことと推察できる。
「うちでは大きな器に御飯と納豆を一度に混ぜてそれを各々の茶碗によそっていたくらいだったから……」
女優さんはそんなことも言っていた。それからしばらくして、この話をある女性編集者にしたところ、彼女もまた納豆で笑われた経験があるという話をしはじめた。(彼女は学生時代、)ボーイフレンドの家に遊びにいったことがあったのだという。…<中略>…食卓に納豆が出てきた。しかし、いつまでたっても豆腐が出てこない。不思議なので、つい訊ねてしまった。どうして豆腐が出てこないのか、と。…<中略>…彼女の家では、納豆は豆腐の上にかけて食べるものと決まっていたからだ。冷や奴にも、湯豆腐にも、必ず納豆をかける。

基本的に家庭でしか食べないものの食べ方では、こういったことはよくある話ではある。
子どもの頃に、他の家庭の食卓で知ることもあるし、旅行中や寮生活で知ることもあるだろう。
それだけだとインパクトに欠ける話だが、ひとたびそれが納豆の話となると、なぜか血が騒ぐ。
やはり、ソウルフードなのだろうか。

子ども時代の話。

私にとっての最初の「逆転」は、煙突の「煙」だったかもしれない。
私が少年時代を送った東京の池上は、いわゆる京浜工業地帯に近接しており、京浜東北線の線路を越えて少し行くと大小さまざまな工場が立ち並んでいた。…<中略>…子供心に妙な誇らしさを感じたものだった。そして、その象徴として、大きな工場の煙突からもうもうと立ち昇る煙の写真が掲げられていた。それは、少なくとも、私の小学生時代には「善なるもの」だった。ところが、ある時から、公害の元凶として「邪悪なるもの」の象徴となってしまったのである。それは子供心に「へえ、そうですか」と妙に白々とした気分にさせられるような「逆転」だった。

私が小さい頃の70年代、既に公害は花盛りだったが、その時代ですら京浜工業地帯は花形のイメージ。沢木氏が誇らしさを感じていたのもよくわかる。

タクシーの運ちゃんと。

信号待ちをしている時に、「それならこれを食べてみな」と飴をひとつよこした。遠慮するのも悪いので食べてみると、うずらの卵よりひとまわり大きいその飴は恐ろしいほど甘かった。「何という飴ですか」「栗飴」…<中略>…「いちど貰って食べて、あんまりうまいんで紀州の製造元に缶で注文したんだよ、東京では売ってないんでね」…<中略>…「こんなにもらってしまうと今晩食べる分がなくなってしまいませんか」「いや、平気なんだ。トランクの中に一缶入れてあるんだ」…<中略>…トランクに飴を一缶載せて走りつづけているタクシーがいるというのにこちらも心楽しくなり、ジャンパーのポケットに溢れるほどの栗飴を、遠慮せずに貰うことにした。

心楽しくなる沢木氏の感性があってこそ。
なんでも、ひと昔前の日本のエッセイには「バーのホステス」と並んで「タクシーの運転手」が登場することが非常に多いらしく、沢木氏も「まったくの他人と言葉をかわせる数少ない機会」としてタクシーの運転手の話はよほど疲れていない限り聞くようにしているとのことである。

安部譲二の「塀の中の懲りない面々」に以下のような記述があるらしい。

爺さんは最後にこんな、なんともいえないようなことを言ったのです。…<中略>…「親孝行なんて、誰でもとっくに一生の分が充分すんでいるのに、誰も知りもしない。誰でも、生まれた時から五つの年齢までの、あの可愛らしさで、たっぷり一生分の親孝行はすんでいるのさ、五つまでの可愛さでな」

これは、なかなか面白い発想。

何かが起きそうで起こらない。やはりそれが都会である証拠なのかもしれない。

そういうものなのだろうか。
さしずめ田舎だったら、「何も起きなそうで起こらない」のだろう。

彼女(塩野七生)によれば、立っていると疲れるらしく円地文子が壁際の椅子に坐っているが、誰も相手をする人がいない。パーティーで高齢の女性が寂しくしているのを見過ごしているのは、参加している男性全員の恥だと思うべきなのだ。ヨーロッパでは、そのような場合には、必ず若い男性の誰かが相手をつとめようとする。見まわしたところあなたはここでは最年少に属するようだからお相手をする義務がある、というのである。

よくは知らないが、なんとなく塩野七生らしいエピソード。

ふと思いついて彼女に訊ねた。塩野七生の読者の中には、イタリア旅行のついでにフィレンツェの彼女の家を訪ねようという人がいるのではないか。すると、塩野七生は女性の読者がときどき来るわと言い、思い出し笑いをした。彼女のご主人であるイタリア人の医師は、読者が訪ねてくるたびに言うのだそうだ。
「ナナミ、君に会いにくるファンにはどうして美人が少ないのだい?」
すると、それまでほとんど黙っていた円地文子がとつぜん口を開いた。
「そうよ、家に訪ねてくるような子は、みんな駄目ね」

女性の女性への厳しさが感じられる。

少年時代、散歩をしていると、名づけようもない感情が溢れてきて、胸が痛くなることがよくあった。喜びでもなく悲しみでもなく怒りでもない不思議な感情。しかし、少年時代のある時期が過ぎてみると、その感情は二度と訪れることはなかった。あれはいったい何だったのだろう、と長いあいだ疑問に思いつづけてきた。ところが、ある時、レイ・ブラッドベリの短篇を読んで、なるほどそうだったのか、と納得した。
…<中略>…少年時代に感じていた名づけようもない感情というのが、私だけに特別のものではなく、メランコリーという言葉ひとつで片付けられる種類のものであるらしいことを発見して安心した。

こういった、少年時代の、郷愁をさそうエッセイも上手いなと思う。
自分にもあった気がする。メランコリーな時代。
あったのか、なかったのか、さだかではないが。

かつて、シルクロードをインドから西に向かい、ようやくイランに辿りついた時、その首都であるテヘランが、想像以上の大都会であるのに驚かされた。なによりテヘランが都会であることを痛切に感じさせられたのは、そこに自動車が多く走っていることでもなく、近代的な高層ビルディングが建っていることでもなく、街のあちこちに実にさりげなく公衆電話のボックスが立っていることだった。そして、それを見た私は、この土地には公衆電話で話すべき相手が誰ひとりとしていないのだなあということを妙に寂しく感じたものだった。たぶん、それが私のホームシックだったのだろう。

公衆電話で都会を感じ、話すべき相手がいないことで寂しさを感じ、それをホームシックと言う。
この一段落だけを見ても、沢木氏のセンスがひしひしと感じられる。

電話に熱中している人というのは意外なほど無防備である。もしかしたら、他人に対して警戒心の強いはずの都会人が、もっとも無防備な姿をさらしているのは公衆電話を掛けている時かもしれない。

携帯が普及した今、当時ほど無防備な姿を電話中に他人にさらすことはなくなっているだろうが、確かに電話中に無防備になるという点は今でも変わらない気がする。

占い師とのやりとりを通して。

私はあらゆる局面で自分を制御してしまうタイプの人間であるかもしれない。「スル」ことより、「シナイ」ことで、つまり自分に何かを禁ずることで、生き方の形を整えてきたようなところがある。…<中略>…その時、不意に、私が「浴室アルバム」に惹かれつづけてきた真の理由がわかったような気がしたのだ。…<中略>…彼女たちの行動を決定するのは、何をする、したい、という欲求だけであるかに見える。…<中略>…恐らく、私にはそれが素朴に羨ましかったのだ。そこまで考えが及ぶと、同時に、なぜ「教養のためしてはならない百箇条」に違和感を感じたかの理由がわかってきたように思えてきた。これを書いた大学教授も、私と同じ「自制の王国」の住人だった。…<中略>…私は、たぶんいつの頃からか、「自制の王国」からの亡命を望みはじめたのにちがいない。

人がよくぶつかりがちな葛藤の話も、沢木流だとこういうエピソードとなる。

本書の締めはこうなっている。

そうだ、懐かしむには早すぎる。かりに年老い、思い出すことしかできなくなった時に、この土地を懐かしむ手掛かりになるような物がまったくなかったとしても、それはそれで構わない。私の体のどこかに、夏の終りの寂しい海辺の風景と、熱く煮えたぎっていたバカラのテーブルの光景くらいは、微かに刻みつけられているだろうから。

なんだか、青臭い記述で気恥ずかしくもあるけれど、まぁそれも良いかなということで。

案の定、読み応えがある良作だった。


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