脳科学がビジネスを変える/萩原一平著

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脳科学がビジネスを変える

この一年の間、何冊か読んできた「脳科学」「心理学」から「ビジネス」を考える著作。

今まで読んできたものよりは、やや学術的というか、堅い本ではあったが、表現を易しくしてこの分野の専門外の人にもきちんと伝えようとする意図は伝わってきた。

ただし、他の本で既に知っていたことも多く、裏を返すと、この分野について本で高々と謳えることというのは、まだそれほど多くないということなのかもしれない。

それでも、気づきは少なくはなかった。
以下、気に留まった箇所を列挙する。

心理学と脳科学の関係性について。

心理とは、「心の働きやありさま、意識の状態または現象、精神の状態」である。そして、その研究が心理学である。とすれば、心理とは脳の活動の理解にほかならない。脳科学(研究者は神経科学という)と心理学は表裏一体の関係にあり、切り離すことはできない。

うすうす、こういうことじゃないかとは思っていたが、あらためて文章で定義してもらえてすっきりした。

筆者が繰り返し、主張すること。

重要なことは、多くのことは無意識に行われているということだ。アンケートなどの主観評価で意識に表れるわずかなことを探るよりも、脳科学、心理学などの活用で圧倒的に多くの無意識で行なわれていることを知る方が意味があり重要

好きな理由をアンケートで聞いても、人は後付けで考える傾向があるから参考になりにくい。

世間に知られていないミュージシャンの曲を被験者に聴かせ、fMRIで脳の反応を計測し、好き嫌いのアンケートをとる実験があった。3年後の売り上げデータと比べると、脳の反応量と売上には関連があったが、アンケート結果とは相関がなかったという。
アンケートの難しさがここでもわかるが、その曲が受け入れられるかどうかが、脳の動きでわかるというのは面白い発見である。

 
脳科学をビジネスに取り入れている、スイスに本社を置く、世界最大の香料メーカーであるジボダンの実例。

香りを嗅いだときに無意識に感じる気分、言葉では表すことのできない香りの特徴を、脳波計測によって解析している。それらのデータと、アンケートによる主観評価や地域・人種・文化などのデータを組み合わせ、香りと気分や感情の関係に関するマッピングシステムを構築し、顧客のニーズに合わせた香りの調合ができるような体制を取っている。

 
行動と意識とどちらが先かという話。

人は、意識して意思決定をしたと考える0.5秒前に脳はすでに意思決定を行い、命令を出している

例えば、運転中に子どもが道に飛び出してきた時に、「危ない」と気づくのとブレーキを踏むのではどちらが先かというと、ブレーキを踏む方が先なのである。

人間の脳は、視覚から入ってきた子供の情報を危ない、避けようと判断し、脳がまず先に指令を出し、ブレーキを踏ませる。その後、危ないという意識が起こる …… 意識に上がるという行為も、脳が意識に上げる方がいいと判断するから意識に表れるわけで、もし脳がそう判断しなければ、無意識のまま処理される。

意識に上げる上げないまで脳は判断していると。
すべて意識に上げていたら到底処理が追いつかないのだろう。

脳は、外部から感覚器官を通して得る情報と脳内部にある情報から新たな情報を作り出しているが、ほとんどの情報は脳内部の処理からの情報であり、感覚器官を通して得られる情報は非常に少ないといわれている。

視覚の場合、外からの情報に脳が反応するのは、わずか3%に過ぎないと。

例えば、丸い、直径10cmほどの赤い球体を見ると、「丸い」ということや大きさ、色の情報は外部器官から入ってくるが、それをボールと判断するのか、リンゴと判断するのかは、脳内に蓄積されている情報に基づいている。

 
被験者にクッキーを食べさせながら、VRの技術を使い視覚的にチョコレートコーティングされている映像を見せつつ、鼻の近くにチョコレートの香りを漂わせると、被験者はチョコレートの味がしたと感じる。

この現象は、視覚情報や嗅覚情報によって味覚情報が影響を受けるという事例で …… 人間の脳の情報処理には、クロスモダリティーという概念があり、五感を中心とした感覚器官からの情報を脳が統合し判断している

 
様々なところで目にする「プロスペクト理論」についての記述もあった。

1.人は何かを得るときよりも何かを失うときの方に強く反応する(損失回避性)
2.人は負の選択をするといには、リスクを追求する傾向があり、正の選択をするときにはリスクを回避する傾向にある

<ケース1>人は得をする場合に、次のいずれを選ぶか?
(1) 確実に8万円をもらえる
(2) 85%の確率で10万円もらえるが、15%の確率で何も得られない。
 
<ケース2>人は損をする場合に、次のいずれを選ぶか?
(1) 確実に8万円失う
(2) 85%の確率で10万円失うが、15%の確率で何も損しない。

確率論的には、ケース1では(2)を、ケース2では(1)を選ぶべきだが、実際人は逆を選ぶ。

プロスペクト理論
Wikipediaから拝借したが、この図で理論が現わされている。

感覚的に、非常に理解できる理論である。
大事なのは、何かの決断をするときに、自分にもこの傾向があることを意識できるかどうか。

また、似たような認知バイアスとして、リスクを伴う意思決定を行う際に、損失を回避したいと思う気持ちが利得を増やしたいという気持ちに勝るという「損失回避」の特性があり、これにより多くの企業がビジネスチャンスを失っていると言える。

 

日本と欧米では文化が違う、人が違う、何よりも脳が違う

それを踏まえた、グローバリゼーションが必要。

たとえば、日本人は平均して、不安傾向が強く出るあるタイプのセロトニン受容体を保有する人が多く、このことは人事制度を作る際に考慮すべき点である。

対象とするものにフォーカスし分析的にみる欧米人と、物事を全体的、包括的にとらえる東洋人

また、東洋人は、情報を捨象せず、関連付けてとらえようとする傾向がある。(欧米人は東洋人から見ると、思い切った捨象する)

 

理屈でわかっていても、人は新しいことを避け無意識に変化を阻止する方に動く

新しいことを受け容れさせるためには、戦略と時間が必要。

 
東大、名古屋第の最新研究によると、人は謝罪によって、怒りの衝動を消すことはできるが、不快感は抑えられないという。確かに、謝られたって許さないと思うことは多いが、謝罪という行為により、自分の中の怒りはトーンダウンしているのだろう。

 
被験者達のIQを調べたうえで、いくつかのチームを作り、そのチームでパズルやブレインストーミングなどの課題をやってもらったところ、IQが高い人だけのチームが必ずしもグループとして成績が良かった。
さらに、女性がチーム内にいる方がグループとしての成績が良く、しかもグループの半数以上が女性のチームは、成績が平均より上であったという。
助け合って成果を出す仕事の場合、女性がメンバーにいるほうがいいというのは感覚的にわかる気もする。チーム作りの参考になるデータである。

 
店頭に数多くの隠しカメラを設置し、その映像などから問題を解決・評価しようとする手法を、行動観察調査、もしくはエスノグラフィーという。

この手法は課題発見型のアプローチとなるため、行動に表れる微妙な違いに気づくかどうかがすべてであるといっても過言ではない。

ネット上での、ヒートマップ分析等を含めたアクセス解析にも同じことがいえる。

 

ワインは味の違いがわかっても、それを表現する言葉を知らないと他の人に説明できないというが、まさに、感覚器官の感度の問題ではなく、脳内処理システムの問題なのである。

だからこそ、ワインが嗜好品としてもてはやされるのだろう。

 

われわれは、金色、銀色というように、通常、金や銀を色として表現しているが、実は、色としては、金色、銀色というのは存在しない …… 黄色の方面に光沢を与えると金色に見える。灰色に光沢を与えると銀色になる …… 人は光沢の度合いによって価値を判断している

そういわれれば、そう。「光沢」について意識したことはなかった。

 
ロンドン大学教授のセミール・ゼキによると

フェルメールの絵は一枚の絵でありながら、人々の脳に蓄積されている過去の同じような記憶を通じて、多くの理想的表現を見ることができ、悲しい場面あるいは幸福な場面として類別できる、すなわち曖昧さの中に本質的な状況が確実に表現されているから、多くの人が見て美しいと感じるのだという

興味深い考察。脳科学にのっとって描かれた絵というと胡散臭いが、現在広く受け入れられている絵の理由を脳科学から分析するという手法は面白い。

 

第二次世界大戦の際に、恐怖や罪悪感から米軍歩兵の発砲率が15~20%に過ぎなかったとか、パイロットの1%未満が敵の30~40%を撃墜し、他のパイロットの多くは撃墜していないし、機銃掃射をしようともしていなかったといわれている。それでは、なぜ多くの死者が出たのか、圧倒的に多いのは砲撃、爆撃によるという。人の顔をが見えない、撃たれた血が見えない、そういう状態で殺戮行為は行われたということである。
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ところが、ベトナム戦争では、軍事訓練を通して殺人への抵抗感を払拭する心理操作が行われ、発砲率は90%へと一挙に駆け上がったという。

映画から受ける印象としては、歩兵もさほどの躊躇なくかなり発砲している印象だったが、それはベトナム戦争以降の映画だからだ。
これにより、ベトナム戦争では帰還兵のPTSDが問題になったわけだが。
日本における第二次世界大戦における「鬼畜米兵」などは心理操作の一種だろうが、日本軍の発砲率はどの程度のものだったのだろうか。

 
ワシントン大学のロバート・クロニンジャーによれば、人のパーソナリティは、無意識的で変わりにくい四つの「気質」と、意識的で学習によって変え得ると考えられている三つの「性格」に分類される。

<気質>
・新奇性追求(好奇心、衝動性、浪費癖など)
・損害回避(心配性、悲観的、慎重など)
・報酬依存(人情家、感傷的、思いやりなど)
・固執(粘り強さ、勤勉、こだわりなど)
 
<性格>
・自己志向性(自尊心、自分への信頼感など)
・協調性
・自己超越性(スピリチュアリティー、トランスパーソナルなど)

「スピリチュアリティー」「トランスパーソナル」は宗教的、哲学的なもの。それに相当する日本語そのものはなさそう。

 
2009年に公表された研究によると

アメリカで調査を行った大学生の4人に1人が中枢神経刺激薬(商品名:リタリン、デキセドリンなど)を脳の機能を高めるために使用してしたという

「リタリン」なるものをまったく知らなかったが、調べて見ると日本でも問題になっていた。
ただ、日本ではドラッグとしての使用が主だったようで、本書内にある「脳の機能を高めるため」に使っていたわけではなさそうだが。

 

脳が一度刺激を受けた情報は二度目には無意識影響を及ぼすことをプライミング効果という。

例えば、連想ゲームをする前に、あらかじめ果物の話をしておくと、赤という言葉から「りんご」や「いちご」が連想されやすくなる、といった話。

ストループ効果というのは、二つの異なる情報が認知的に干渉し反応が遅れるという現象

たとえば、赤色で「青」と書いた文字と青色で「赤」と書いた文字を見せて、「赤」という漢字を選ばせるケース、など。

これらの例のように、記憶は時として無意識に脳の正しい意思決定の足を引っ張ることがある。

 
と、参考になる点は少なくはなかった。

しかし、冒頭でも書いたとおり、内容に目新しさが溢れている書籍ではなかった。
特に後半は、様々な研究からの引用や、脳科学・心理学の初歩的な内容の解説にとどまっている印象。
例えば、ビジネスを変えている実例がもっと説明されていてほしかったなと思う。


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