【書評・感想】 父さんごめんね 母さんごめんね/時実新子著

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tousangomenne
60を過ぎて、父母を亡くした作家のエッセイ。
著者について全く知らなかったが、境遇的に共感できるものもあるなかと思い手に取った。

著者は1929年(昭和4年生まれ)で、私の両親よりも一世代上ということもあるが、想像の遥か上を行く、波瀾万丈の人生を送っており、父母への複雑な想いもさることながら、その家族のドラマに引きこまれた。

小さい頃に受けたいじめ。戦後、進駐軍に娘が襲われるのではないかと思い17歳という歳にもかかわらず、好きでもない相手に嫁がされる。戦争で負傷し精神的に不安定な夫は暴力をふるう。無理やり婿養子をとらされた姉は結局離婚、同時に家族は家も失う。父親は別の女と心中未遂。姉も自殺未遂…とあげていくとキリがない。
根底には”家”や嫁姑問題といったドロドロとした慣習やエゴも渦まいている。

そして、著者の父母へのストレートな生々しい想いに胸が締め付けられる。

病院で今際の際にある父親の姿を見て

これはもう私の父ではない。生きているのでも死んでいるのでもない不思議な物体をチラと見てはあわてて目を逸らした。
 
とてもさわれない。
 
人はこうも醜くならなければ生を閉じることができないのだろうか。そうして私は、こんなにも薄情な人間だったのだろうか。

 
父親は自分達の家に引きとろうと言う夫に対して

夫は事もなげに言うが、それは他人だからである。私もこれが夫の父や母なら、どんなおせわでもしたい。呻き声がしようがテレビの音が高かろうが、仕事もできる。
 
けれども、老いさらばえた自分の親を毎日見るのはぐらい。一挙手一投足、咳払いにさえ気にかかる。仕事など手につくものではないだろう。父をさびしがらせまいとして筆談につぐ筆談。トイレへついて行き、風呂を共にし、夜は夜で異変はないかと部屋をのぞく。夜が明ければまた同じ日が訪れるのだ。

 
無理やり嫁がされた後、その怒りを父へぶつけようとしたためたが出さなかった手紙には辛辣な言葉が並ぶ。

私は何人の子どもに恵まれるか知れませんが、どの子もきっと、「好き」ということだけを条件に結婚させるつもりです。人は人を愛するとき、どのようになことにも耐えられると思うからです。
 
親の、世故に長けた小賢しい知恵や、ころばぬ先の杖は不要です。
お父さんはお母さんの言いなりになった。あなたに娘たちに対するほんとうの愛があったのかどうか、とても疑問に思います

手紙を書いた10代の頃と、本作を著した60代とでは親が下した判断への思いは変わっているだろうが。

 
同じく、出さなかった母への手紙の中で

私はあなたに言えないことをいっぱい抱えています。嫁いだ娘はこうして他人という婚家の中で、親とも徐々に徐々に他人になっていくものなのでしょうか

 
姉が自殺を図ったあとで

夏ぶとんの下の、嵩の低い寝姿の、これが私の姉なのかと、ぽかーんと見ていた。誰かたずねてくるかと思ったが、誰もこなかった。
姉の孤独が身に沁みた。
姉のこの事件は父も知らない、母も知らない。知らないままで世を去った。

一番よく知っているつもりの肉親のことがよくわからなくなる瞬間。
家族内でも、家族内だからこそ言わないままにすることってあるよなと、深く共感。

 
あとがきにて

どうも娘というものは、異性としての父には点が甘くなり、同性の母に向いては点が辛くなる。

自分は比較的フラットだと思ってはいるが、この傾向が誰でもあるのだろう。

 
そして、あとがきの最後に

愚かな親から生まれた子は、親にも増して愚かな道を歩いている。そのことが限りなくありがたく愛おしく思える。
 
父さんごめんね、ありがとう。
母さんごめんね、ありがとう。

タイトルだけだと謝っているのみだが、あとがきで「ありがとう」とお礼を述べる。

強烈で、痛々しい内容ではあるが、筆者の魅力に引き寄せられ、別の作品も読んでみたいと思えた。


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