【書評・感想】 注文の多い料理店/宮沢賢治著

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注文の多い料理店

以前も一度読んだことがある本書をもう一度読んでみた。
一度読んだことがあるといっても幼い時ではなく、つい1、2年前の話。

言わずとしてた宮沢賢治の小説だが、私はこの作品が子ども向けの児童文学だということを知らなかった。

この作品が今の子どもに受けるのかどうかはわからないが、児童向けならではの繰り返しの表現など、気に留まった点がいくつかある。

四人の男たちは、声をそろえて叫びました。
「ここへ畑起こしてもいいかあ」
「いいぞお」森がいっせいにこたえました。
みんなはまた叫びました。
「ここに家建ててもいいかあ」
「ようし」森はいっぺんにこたえました。
みんなはまた声をそろえてたずねました。
「ここで火をたいてもいいかあ」
「いいぞお」森はいっぺんにこたえました。
みんなはまた叫びました。
「すこし木をもらっていいかあ」
「ようし」森はいっせいにこたえました。

繰り返すにしても、同じ表現の一辺倒ではなく、例えば上のように「いいぞお」と「ようし」の2つの表現を使うことで読者を飽きさせない。
同時に、言葉の選び方も秀逸で、「いいぞお」「ようし」の二つの短いながらも勢いのある単語を使うことで、文章にリズムを与えている。

「そんだらさがしに行くぞお」とみんなはまた叫びました。
「来お」と森はいっせいにこたえました。

方言なのか、当時の云い方なのか、宮沢賢治のオリジナルなのかはわからないが、「来お」というのも独特で、好感を持った表現。

悪く思わないで呉ろ

「けろ」は「呉ろ」と表記している。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。

「風がどうと吹」くというのは、しっくりくる表現。
「木はごとんごとんと鳴」るというのは新鮮。

また、現在では「いったいぜんたい」と言うところが作中では以下のように表現されている。

ぜんたいあなたはなにですか

これはぜんたいどういうんだ

また、本作は大正時代に書かれている作品だが、当時から外来語が入っていることがわかるくだりがある。

それともサラドはおきらいですか

親方がもうナフキンをかけて、お客さま方を待っていられます

「サラド」「ナフキン」とほぼ同じながら若干今と違うのも面白い。

といったように、内容そのものよりも、表現や言葉遣いの端々に新鮮さを感じられた作品だった。


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