【書評】 地を這う虫/高村薫著

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高村薫の短編集を読み返した。以前読んだのは10年以上前か。内容も雰囲気もまったく覚えていなかった。

ただ、面白い。
短編集にもかかわらず、引き込まれるし、イメージが喚起され読後に余韻が残る。
小説の力を思い知らされた。

いずれの短編も、元刑事であり、現在は別の職に就いている人物が主役。
現在は警備会社勤務だったり、街金の取り立てだったり、政治家の運転手だったり。

警察の世界を外から眺める視点もありつつ、結局は刑事時代に染み込んだ習性から抜けきれず、愛着も持っているという心持ちが垣間見られる。

無意識にいろいろなものを観察していたり、考えたり。

特に印象に残ったのは、「父が来た道」という題の、父親が以前代議士に仕えていたが、その選挙時の買収と記載違反等の責任をとって実刑の判決後服役中にあり、その主人公が今はその父親が仕えていた代議士の運転手をしている話。

警察の世界よりも、政治の世界のほうが、テレビや映画等で接していない自分にとっては知らない世界だったからかもしれないが、印象に残る。

何事にも動じない大物代議士。家族も巻き込んで権力闘争のど真ん中に立つ。裏では秘書らがマスコミの目を盗んで、いつもの車とは違う車で代議士を移動させて秘密の会合へ。

この作品ではそれが中心ではないため、描写は限られているが、その世界の異常さを想像させ、そこへの興味を掻き立てるには充分である。

マスコミの目を逃れるために病院へ逃げ込んだところで、代議士が主人公にこう語りかける。

ついては、せっかくの休暇に酒がないのは寂しい。君、明日はブランデーのボトルとグラス、それから自宅の本棚からバルザックの『従兄ポンス』と『あら皮』を持って来てくれ。こういうときもないと、読み返せないから。

そうそう君、バルザックはいいよ。この佐多も顔色を失う人間という怪物のオンパレードだ。ひまがあったら読みなさい。

バルザック、一度も読んだことがないが、いつか読んでみたい。

いずれにしても、高く安定した筆力の持ち主である作家であることを思い知らされた作品だった。

次回は政治のドロドロとした世界を正面から扱った作品を読んでみたい。


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