ケナリも花、サクラも花/鷺沢萠著

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kenarimohana
鷺沢萠の作品に久しぶりに接した。
学生時代に何冊かは読み、そのまま本棚に収まり続けている(つまり捨てていない!)作品もある。

この作品は、ページ数にして180頁にも満たないエッセイではあるが、いくつかの点で心に残ることになった。

 
1つ目は、鷺沢萠が自殺したことを、私が知ってからはじめて読む作品であったという点。

2つ目は、在日という、自分にとって関連が決して薄からぬテーマであるという点。

3つ目は、鷺沢萠のように、大人になってある日初めて、自分に意外な血が流れていることがわかったら、自分はどう感じるんだろうという、興味深いテーマだった点。

 
作者にとっても、大きな出来事だったためだろうか。
本作は、作家として恰好つけたところが感じられず、まるで日記を読んでいるような気分にさせられた。
その飾り気のなさ、時々現れる子供っぽさに辟易とさせられることもありながら、強く共感する部分も多かった。

 
以下、心に残った箇所を、書きとめる。
本作は、1993年の出来事をベースにしているので、それから20年は経っていることも念頭に置きつつ。

まずは、日本人と韓国人の違いについて。

判らないことは言わない、できないことはしないという、日本人にとってはごくあたり前の基本的な姿勢を、韓国人にとっては取らないことがあたり前である

金があってもないと言うのが日本人、なくてもあるというのが韓国人

ソウルには物乞いが多く、施しを与える人も多い。金がある人がない人に恵んだり施したりするのはあたり前、力のある人がない人を助けるのはあたり前という韓国の常識

この国は、やさしくはない。強烈な仲間意識と「いつだって自分が正しい」意識がどこにもかしこにも波及していて、そこに「彼らが認めたくないもの」を溶けこませるのはとても無理のように思える。

韓国ではね、みんながエラいんです。日本で韓国語を教えてくれていた先生が言っていたそんなことばを、わたしはしばしばぼんやりと思い出す。

韓国外に住む同胞を「僑胞(キョッポ)」と呼ぶ。
日本に暮らす僑胞は「在日僑胞(チェイルキョッポ)」。

僑胞、日本人、韓国人。それぞれの思惑は異なる。

あのころのあたしみたいに、ワケも判らんと『祖国、祖国』って思ってる在日の子ら、結構たくさんいるんじゃないかと思うわ

在日僑胞が通名を使うことに関して「納得いかない→本名を使え」というふうに考えている韓国人はわりと多いだろうとわたしは思う。彼らには日本で生き続けていく韓国人の事情は判らない

「民族」「祖国」といったとても大きくて抽象的なことばとかかわる前に、まず人間は毎日毎日生きていきなければならない

そんな中で、鷺沢萠は考え、苦しむ。

「それはさ、今ここで言っても判んないよ、きっと。もともと日本人の人が考えてることと僑胞が考えてることってかなりの差があるわけだしさ」
 
「でも『判れーっつ』って言うわけにもいかないじゃん」
 
そこのところが、きっとずいぶん以前からの、わたしの苛々のひとつの原因でもあったのだ。

しかしわたしのその乱暴な台詞のあとを受けて、テギョンさんがいつもと変わらない口調で言った。
 
「そう、判れって言うわけにもいかないんだよね。でも少なくとも、こういう人がいるんだってことは、判ってもらいたいよね」
 
淡々とそう話したテギョンさんの隣りで、わたしはほんの一秒ぐらい魂を抜かれた。
 
テギョンさんのことばの中には、何年も前からわたしの思っていたこと、そしておこがましくも「わたしがやろう」としていたことがとても簡潔な形で詰まっていた。きっとテギョンさんはわたしのように憤ったり過熱したり不必要に苛々したりすることもなく、わたしなんかよりずっとずっと以前からごく自然のこととしてそれを考えていたのだろうと思った。

そして、

肩の力を抜こう。「あんたには判らない」ということばほど醜いものはないと、これは何度も繰り返し考えたはずのことだったではないか。

感じて、考えて、熱くなって、周りが見えなくなってる自分を反省する。
この流れは非常に共感できた。

「あんたには判らない」ということばほど醜いものはない
人類皆が、そう思ってくれるといい。

かなりの時間が経って、そのこと自体も、また自分の気持ちとしても冷めてきたころになってやっと言えるようになることというのがある。たいていの場合、現場でのショックが大きければ大きいほどあとになるとそれの持つギャグ的要素は強まり、また、どうせ言うんだからせいぜいおもしろ可笑しくしてやれ、というような生来の哀しい性も手伝って、真剣に悩んでいたことも周囲のみなさんに笑いを提供する単なる面白ネタになりさがってしまうことが、わたしの場合は多い。

この考え方は自分と似ているなと嬉しくなった。
そういう人は多いのかもしれない。

この年になるまで父の会社のことやそれに関係する「他の人とは少し違った」自分の生活のことなどは、わたしの中でもの凄く重苦しい一件だった。そのことをネタにしていくつか小説も書いているくらいだから「秘密」というわけではないのだが、誰かに話すときは自分でどこか脚色していた。

これもわかる。
脚色してでしか言えないことって確かにある。

正直に言えば、もう書きたくないなあ、と思うことがある。この国について書くことにも、書いたことについていろいろ言われるのにも、結構疲れてきている。
 
取りあえずハゲはできたよ、と言うことの裏に、数百数千のことばとできごとを詰めこんでしまおうとしている自分を、ほんとうに情けないほどずるいと思う。
 
書くことは自らの身体の中にある膿を絞り出すようなことだなあ、とときどき思う。誰に言われてやっているのでもないこの作業を前にして、途方に暮れることがある。

素直な心情の吐露。

わたしはことばに詰まった。泣いたら恥ずかしいと思って「あら、そう」などと適当な受け答えをして電話を切った。
 
ハングル見たりすると懐かしいなあ、って気持ちになっちゃうのよねえ……。
 
ごたいそうなことを考えて、何かをやれるつもりで気張ってこの国に来て、わたしがやれたことは母にそう言ってもらえた、ということだけなのかも知れない。
 
けれどわたしは、もう枕に顔を埋めてオイオイ泣き出したくなるくらいに、とてもとても嬉しかったのである。
そうしてもっと嬉しかったのは、チョンジャさんにそのことを話したとき、チョンジャさんも私と一緒に泣きながら喜んでくれたことだった。

本当に本当に、心の底から嬉しかったことが伝わってくる。

日本はほんとうに良い国だよなあ、と皮肉ではなく思うのは、特別一生懸命考えなくてもただぼーっと、炭酸が抜けたような状態のままで暮らしていけるところである。

うーん。
これは良いことでもあるんだろうけど、悪いことでもあるんだろうな。

生きることに懸命で他のことには手のまわらなかった前の世代の人々がやれなかったことを、わたしたちはやる余裕がある。そういうわたしたちの世代が、深い穴に石を投げこまなければ、と思うのだ。

決意が感じられる。
鷺沢萠には、もっと「深い穴に石を投げ」こんでいて欲しかった。

ただただ、残念でならない。
そして、ありがとう。RIP


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